スタッフ

専務理事 テレサ・コザック (Theresa Kulczak)
theresa.kulczak@japanindiana.org

テレサ・コザックは、1988年より初代スタッフとしてインディアナ日米協会に入会し、1990年より専務理事。テレサは30年近く日本人と仕事をしており、JASIに経験豊かなバックグラウンドと経験を持つ。またテレサは日米、そしてインディアナでの幅広いネットワークを持つ。テレサの、日本のビジネスに関する知識と共に、日本文化への造詣は、インディアナにおける主要な日本に関連する組織として、JASIの地位を確立させている。

1981-1987年の六年間、日本に在住した。そのうち三年は、大阪の広告代理店、Asia 21にてアカウント・エグゼクティブを務め、三洋電機国際貿易の中東における広告を担当。また大阪で、コンバース社極東オフィスの立ち上げにも関わった。新潟県に在住中は、大学、企業などで英語を教えていた。インディアナポリス出身のネイティブ・フージャーであるテレサは、パデュー大学でパブリック・リレーションを専攻。日本語堪能。フランス語も勉強し、ポーランド語もビギナーレベル。

2007年には、福田康男首相が「日米交流懇談会」をワシントンDCにて開催した際に、テレサは中西部地区の代表として会議に招待されました。2004年には、日米150周年記念にて、外務省より賞を受賞しました。インディアナ日本人会では唯一のの日本人以外の役員を、インディアナ・ワールド・トレード・クラブでの顧問を務めます。 フージャー・カヌー&カヤック・クラブでオフィサーを勤め、セントラル・インディアナ・ワイルダーネス・クラブの会員。

Yoshi Ogawa, Japanese Services Coordinator
yoshi.ogawa@japanindiana.org

小川良一(よし)は、愛知県岡崎で育ち、愛知大学法学部卒業。幼少期より英語とアメリカとイギリス文化に興味を持つ。小学生の時、ほぼ毎週日曜日に母親が用意したお弁当を持って、地元の映画館で字幕付きのアメリカ映画を続けて3回鑑賞し、メモを取って英語を学んだという逸話を持つ。大学卒業する頃には、英語はネイティブ並になり、秀和インベストメントの本社社長を感心させた。日本企業がロサンゼルスやニューヨークでゴルフ場やオフィスビルの買収を急速に進めていた80年後半の不動産ブームの中、2年間、翻訳業、個人アシスタントに従事。バブルが弾けた後は、東京のコンサルタント会社に就職し、日本のトップ100企業が企業戦略を定めて実行するのを手伝った。8年間日本全国を仕事で飛び回った後、アメリカに戻りテンプル大学で法学修士号を取得。その後ボストン大学でMBAを取得。ジョイスティックのスキルが不足していたにもかかわらず、ゲーム業界で新しいキャリアを築き、西海岸に移った。マイクロソフトのXboxのビジネス開発マネージャーとしてXbox 360を成功に導き、その後サンフランシスコのベイエリアでソニープレイステーションのディレクターを務めた。

2016年、家族と、新しい機会とよりゆとりのある生活を求めて中西部に移る。日米協会の一員となり、日本と米国双方のビジネス界で働いた経験から得た洞察力と専門知識を共有することを楽しみにしている。趣味は、料理、ピアノ、ギター、インディアナの美味しいラーメン屋さんを探すこと。

プロジェクト コーディネーター 
エイブル みのり
(Minori Abel)

minori.abel@japanindiana.org

Minoriは1995年より2年間、国際交流基金のJALEXプログラムにてアイオワ州の2つの高校で日本語教師を務める。アイオワ滞在中に通信教育で中学英語教諭の資格取得。日本帰国後は旅行会社に勤め、ハワイ、アメリカ本土移住後も旅行会社のオペレーター、ツアーガイドとしてカスタマー・サービスに従事。

青山学院大学文学部日本文学科卒業。専攻は近世日本文学、卒論は「海外から見た近松門左衛門」。在学中に420時間日本語教師養成講座を修了。2003年に結婚後、ハワイ州に2年、ミネソタ州に8年住む。インディアナ州は2013年夏からで、早くフージャーになるべく日々勤しんでいる。 読書が3度の飯より好き。その他の趣味は旅行、ピアノ、ウクレレ、パン作り。

エグゼクティブ・アシスタント 
ジェレマイヤ・マクスウェル
(Jeremiah Maxwell)
jeremiah.maxwell@japanindiana.org

ジェレマイヤはホテルでの勤務経験を活かし、明るい雰囲気、カスタマー・サービスやオフィス業務でJASIに貢献しています。インディアナ大学-パデュー大学インディアナポリス(IUPUI)大学卒業。大学では、英語と哲学を専攻しました。2008年に一ヶ月間日本での滞在を経験し、ジェレマイヤは異文化の中での仕事や生活に興味を持ちました。フリータイムには、ミュージシャンとして活躍し、また執筆活動にも勤しんでいます。